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広島高等裁判所松江支部 昭和37年(ネ)43号 判決 1963年10月30日

控訴人 恩田賢吉

被控訴人 国

訴訟代理人 森川憲明 外二名

主文

本件控訴を棄却する。

差戻前および後の当審、並びに上告審の訴訟費用は控訴人の負担とする。

事  実 <省略>

理由

当裁判所の判断は、左記のとおり補足するほか、原判決の理由と同一であるから、これを引用する。

一、控訴人の妻恩田きみが昭和二八年五月二〇日頃巡査倉本重雄の取調を受け、控訴人の逮捕、勾留の原因たる犯行当時における控訴人の所在行動について供述し、その調書が作成されたことは、原判決認定のとおりであるが、控訴人は右供述調書が7件記録に編綴されなかつた点に過失があると主張する。しかし右供述調書の作成は控訴人の逮捕勾留後のことであるから、逮捕勾留するについての過失となんら関係のないことは明らかであり、また原審証人恩田きみの証言によつて窺われるその供述の内容、同人と控訴人との身分関係等からみて、右供述調書は控訴人のいわゆる不在証明の資料としての価値に乏しいものと考えられ、且つ原審証人山崎博正の証言によると、倉本巡査は控訴人の被疑事件の主任検事である及川直年に対し、控訴人の不在証明の調査結果を報告したことが認められるのであつて、倉本巡査が右供述調書を一件記録に編綴しなかつたことが、検察官の勾留継続の要否についての判断に影響を及ぼしたものとは認められないから、倉本巡査の右措置が妥当を欠くものであつたとしても、それが勾留継続についての過失に当るものとはなしがたい。したがつて控訴人の右主張は失当である。

二、検事及川直年が昭和二八年五月二五日鳥取地方裁判所裁判官に対し控訴人の勾留期間を一〇日間延長するよう請求し、同日裁判官秋山哲一により許可せられ、同年六月二日及川検事が控訴人を処分保留のまま釈放したことは原判決認定のとおりである。

そこで勾留期間延長についての過失の有無について考えるに、刑事訴訟法第二〇八条は、裁判官はやむを得ない事由があると認めるときは、検察官の請求により、通算一〇日を超えない範囲内で、被疑者の勾留期間を延長することができる旨規定しているのであるが、ここにやむを得ない事由とは、事案の複雑あるいは重要参考人旅行、所在不明、病気等による取調の遅延、困難等により、勾留期間を延長して更に捜査を継続するのでなければ、起訴、不起訴を決定することが困難な場合をいうものと解される。これを本件についてみるに、成立に争のない甲第三ないし六号証、第八ないし一〇号証、第一三号証の一ないし三、乙第一ないし六号証、第九、一一、一二、一五号証、原審証人福政義孝、戸田実、足羽一正、川上友春、倉本重雄、瀬田敏徳、山崎博正、当審証人山崎季治、及川直年の各証言によれば、(一)控訴人の勾留の基礎となつた被疑事実は「控訴人が昭和二八年四月上旬頃、同月二五日施行の参議院議員通常選挙にあたり鳥取県より立候補した三好英之に当選させる目的で、同県気高郡大郷村大字金沢福政義孝方において、同人に対し、右候補者のために投票取纏の選挙運動を依頼し、投票買収並びにその報酬として現金数万円を供与した」という事実であるところ、控訴人は同年五月一三日巡査部長戸田実および巡査足羽一正の取調に対し被疑事実を全面的に否認し、同月一五日にも警部補高橋雅夫に対し同様否認したが、同日午後に至り巡査倉本重雄に対し、福政義孝に交付した買収費は三好英之のためのものではなく、参議院議員選挙と同時に施行された衆議院議員選挙に鳥取県から立候補した徳安実蔵のためのものであるというほかは、被疑事実につき詳細に自白し、翌一六日及川検事に対してもこれと同様の自白をなし、さらに同日秋山裁判官の勾留尋問に当つては被疑事実を否認したが、同月二〇日には倉本巡査に対して被疑事実を全面的に自白し、同月二二日にも同巡査に対し同様の供述をなし、同月二五日には被疑事実を全面的に認めた手記を及川検事に提出したこと、(二)控訴人は徳安候補とは俗にいう再従兄弟の間柄にあり、福政義孝に交付した金員は徳安候補の選挙参謀である中田玉平から依頼されたものであると供述したが、中田玉平は控訴人に金員を交付した事実を始終否認していたこと、(三)福政義孝は「四月一三、四日頃岡木の恩田と称する五〇歳位の男が中田玉平の使いだといつて現金一万円を持つてきたので受取つた」旨供述していたのであるが、捜査官が福政義孝に同年五月一三日鳥取地区警察署捜査室において控訴人の容貌をみせ(いわゆる面通し、同月二一日鳥取刑務所調室において控訴人に面接させたところ、その都度、福政義孝は控訴人が十中八九右岡木の恩田と称する男に相違ない旨供述したこと、(四)本件被疑行為当時、控訴人の住居地である気高郡勝谷村大字岡木には、控訴人と同姓の恩田善信、恩田一、恩田公輔、恩田甚一が居住していたが、恩田善信については同月一三日、恩田甚一については同月一八日捜査官が福政義孝に面通しをさせたところ、いずれも同人に金員を交付し、た男とは相違する旨供述し、右両名もまた金員交付の事実を否認し、さらに同月二二、三日頃及川検事は司法警察職員に指示して恩田一について調査させたところ、その家人は恩田一が兵庫県方面に蹄鉄打に出かけたといい、その所在が不明であつたこと、(五)及川検事は恩田一の所在を引続き捜査し、控訴人の勾留中に同人を取調べることが控訴人の起訴、不起訴を決定する上に必要であると考え、同月二五日(一)の控訴人の供述、(三)の福政義孝の供述を録取した書面を含む一件記録を資料として添付し、前記の如く、鳥取地方裁判所裁判官に勾留期間の延長を請求し、併せて秋山裁判官に口頭で(五)の事情を説明したことが認められる。以上の事実によると、控訴人に対し前記選挙違反の被疑者として嫌疑をかけるに足る十分な理由があるけれども、控訴人の供述は変転し、関係人である中田玉平の供述ともくいちがい、重要参考人と目される恩田一(同年六月八日同人を取調べた結果真犯人と判明した)の所在が不明であつたのであるから、かかる状況の下においては、及川検事において恩田一の所在を確めたうえ、控訴人の勾留中に同人を取調べることが起訴、不起訴を決定するのに必要であると考え、前記法条にいうやむを得ない事由が存すると判断したことを、誤りであるとすることはできない。そうすると前記勾留期間の延長請求に過失があつたものとはいいがたく、したがつてまた秋山裁判官が右請求を認容したことに過失があるものともいいがたい。そして成立に争のない甲第一〇号証、第一三号証の四、原審証人山崎博正、当審証人及川直年の各証言によれば、及川検事は勾留期間延長後も司法警察職員をして恩田一の所在捜査を続けさせ、また中田玉平および控訴人を取調べ、なお副検事山崎貞一も控訴人を取調べたが、中田玉平が依然控訴人に金員を交付した事実を否認し、延長期間中に恩田一の所在が判明する見込みが薄くなつたので、及川検事は延長された勾留期間満了前の同年六月二日処分保留のまま控訴人を釈放したことが認められるのであつて、その間の勾留継続につき、検事官に過失があつたものともなしがたい。

したがつて勾留期間の延長につき検察官、裁判官に過失があつたとする控訴人の主張もまた採用できない。

よつて控訴人の本訴請求は失当であるからこれを棄却すべく、これと同旨の原判決は正当であつて本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九六条後段を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋英明 竹村寿 右川恭)

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